鴨志田くん
どえらく忙しくてブログゆっくり書けませんでした。今月中に中国入りの予定ですが、まだ飛行機とってません。
私が就職したのは1987年。当時はバブル全盛で、芸大卒の何も出来ませ〜ん状態の私でもデザイナーとして東証一部上場企業に就職できた、夢のような時代でした。で、いきなり新人歓迎会で課長に拝みこんで、入社2年目のゴールデンウイークに有給休暇を全部くっつけて3週間休みを下さいとお願いしました。当時の上司がまた、こう言うのを許してくれまして、1988年の5月にぼこっと3週間休んでエアインディアに搭乗。トランジットのバンコックで荷物のトラブルもあり、カルカッタには深夜に着陸しました。
何でインドかと言いますと、当時のバックパッカーでよく言われていたのが「中国とインドを体験すれば、後は世界どこに行っても大丈夫」と言う話。当時の中国はまだ「サービス」の概念が無い、お客さんにとてもキビシイ土地だったのです。1986年の大学の夏休み、そして翌年の卒業旅行と中国に(安いので船で)行った私は、社会人になった自覚も育てないまま「次はインドじゃ〜!」と意気込んでいたのです。
で、カルカッタ行きのチケットと、帰りのデリーから伊丹へのチケットを持って、気分はもうバックパッカー。
しかし、深夜のカルカッタはさすがに恐かった。ひとりでは心細かったのですが、そこで話しかけてきたのが鴨志田くんでした。聞いてみるとタイからバングラディシュと渡り、さっきここに着いたばかり。旅の先輩とばかり、すがりついてしまいました。
2人で空港からの脱出方法を捜していると、ふと日本人の団体が。創価学会の御一団の仏教史跡巡りツアーでありました。これ幸い。ちゃっかり2人ともチャーターバスに便乗。ありがとう創価学会さま!
で、到着したのは安宿街のサダルストリート。何とかキャピタルゲストハウスの1室を確保して荷物を置く。と、さっき部屋まで案内してくれたボーイがドアをノック。開けるといきなり
「マリファナ?」
私、昨日の夜まで残業してコンピュータの画面を睨みつつ図面を引きまくっていたんですが、その翌日がこのセリフです。そのあまりのギャップにおののいている間に、鴨志田くんは気軽に購入。しばらくするとぷかあ〜とフカし始め「どうです?」と。ひとりで吸うより、一緒にいる人と気分よくなった方が自分も気持ちいいのだとか。
試してみましたが、まあ、お酒の席で緊張していると酔えないのと同様に、この時はほとんど効きませんでした。(以後、雲南省の大理、カトマンズなどありますが、これはまた別の機会に....)
以後数日間カルカッタで一緒のお宿。昼間は別行動ですが、晩飯は料理とビールをガンガン頼みながら2人でウダ話。
ふと彼が「岸上さん、敬語はいいですから」と。
関東育ちの彼は自然とですます体で喋るのですが、私も「この人は旅の先輩」感覚があり、いつの間にか敬語調になっていたようで。彼は歳下だったので、私の敬語が居心地悪かったらしく。
ホテルで彼の体験を、いろいろ聞きました。エセバックパッカーの私には、想像しがたい話がそこかしこ....。
カーリーガートに一緒に行きました。頼みもしないのにガイドとしてつきまとうインド人がいて、彼が相手してましたが、最後の最後にお金を要求され、ボランティアじゃなかったと知った彼の怒ること。「オレはこう言うのが一番キライだ〜〜!!!」
何日かして、私はルンビニに、彼は翌日にバラナシに行くことになりました。送別会と言う事で、出発直前までビールで宴会。呑みまくり。私の予約した列車の出発が1時間後に迫り、さすがにヤバくなりリクシャに乗り込む。彼も見送りで同行してくれました。サダルから駅までは結構あるのです。予定時刻に近づいてきました。「なあにインドの列車って1時間遅れることもざらですから大丈夫ですよ」と彼は言ってましたが、駅に着いたら丁度定刻通り列車が出発した直後。
結局バラナシまで同行。2人で宿を取り、ガンジスで一緒に泳いだりして。その後、彼はバラナシに残り、私はカジュラホに旅行。
以後、遭うことはなく。
その後、サイバラさんとあの彼が結婚!?と言うのでビックラこきました。サイバラさんの本は出るたびに買って読んでいたのです。そしてテレビの特番で「手乗り鹿」の時に彼が出演。こうなるともう私は「(勝手に)有名芸能人とお友達」気分に浮かれてしまいました。多分彼は私なんか忘れていたと思いますが....。
そして、いきなりの訃報にしばし呆然。昨日、その彼が腎臓癌で永眠しました。
旅の縁。細く長く生きるのも、太く短く生きるのも、人生それぞれ。合掌。あの世で飲み過ぎるなよ。
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Comments
こんばんは。ごぶさたしています。
「鴨志田」という名字にもしや?と思い、
おお、やっぱり!と思ったのも束の間、
思わぬ訃報に愕然としました。
行き急いでいるとは思っていたのですが、腎臓癌とは。
ご冥福をお祈りする次第です。合掌。
Posted by: きたきつね | 2007.03.21 09:38 下午
きたきつねさん、ご無沙汰です。
彼は天寿を全うしないのではないかな、と、知っている人はみんな思っていたかも知れませんが....。
う〜ん、これ以上言葉がないです。サイバラさんももちろんでしょうが、親の悲しみはいかほどか。
Posted by: 岸上 孝 | 2007.03.23 09:40 上午