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2007.03.31

SkypeInとSkypeOutを着信転送で結ぶ

070331_luohu_1

 実は既に中国入りしています。写真の景色は寮のバルコニーからです。左の方に鉄道が見えます。广九線です。そして右のビルの隙間にちらっと山が見えていますが、この山は深圳ではなくて香港特別行政區の北端。以前の寮よりどえらく香港に近くなりました。

 さて以前のブログで紹介しましたSkype転送で安く中国に電話する方法。結果、日本からは日本国内の電話料金、中国では自己負担(SkypeOutの料金)で、中国の携帯電話にかけることに成功。音質もほんのちょっと直通電話より劣るものの、実用には差し支えないことが分かりました。

 今回出張する際におこなっておいたのは以下の通り。

【日本の電話】→SkypeInの番号(050-XXXX-XXXX)に転送設定
【日本の携帯】→SkypeInの番号(050-XXXX-XXXX)に転送設定
Skype】→「応答がない場合の通話転送先」を中国の携帯(+8613XXXXXXXXX)に転送設定

 一応準備万端とは言え実際に電話がかかるまで本当に使えるのか不安でしたが、昨日の朝、中国で持っている携帯が鳴りだしました。中国ではあり得ない電話番号だったので出てみたら、日本の電話にかけた方でした。音質は上述の通り。これは使える!

 この方法、お仕事なんかで連絡をもらうときには便利です。海外だからとお客さんに日本から国際電話をかけてもらうのも気が引けますが、この場合は基本的にSkypeInの番号だけを連絡しておけば、SkypeOutの転送先を変更するだけで、どこにいようともお客さんには国内電話料金だけでかけてもらえるわけで。最近は「海外でも使える!(ローミングだけど)」がウリの携帯電話も多々ありますが、これもやはりお客さんへの負担は大きくなります。

 因みに中国でSkypeOutの転送を携帯電話(China - Mobile)に設定した場合の自己負担料金ですが、ホームページを見たところ、1分0.017ユーロ、本日換算で2.67319円、3分でおよそ8円でした。

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2007.03.23

続・鴨志田くん

 彼の闘病記を読みました。

カモのがんばらないぞ

 生きようと努力した彼の気持ちが、ひしひしと感じられます。スマン、死んでもおかしくない生き方をしてると思ってたし、そんなに悔いる事もなく死んでいったのかと勝手に想像してた。

 身内もいるし、つながりのある人もいる。社会の中にコミットし、その連携で生きていくのが人生。余命宣告されたら、そりゃ誰だってもがく。

 残酷だけど、時間は戻らない。君の人生に乾杯(T^T)。

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2007.03.21

鴨志田くん

 どえらく忙しくてブログゆっくり書けませんでした。今月中に中国入りの予定ですが、まだ飛行機とってません。

 私が就職したのは1987年。当時はバブル全盛で、芸大卒の何も出来ませ〜ん状態の私でもデザイナーとして東証一部上場企業に就職できた、夢のような時代でした。で、いきなり新人歓迎会で課長に拝みこんで、入社2年目のゴールデンウイークに有給休暇を全部くっつけて3週間休みを下さいとお願いしました。当時の上司がまた、こう言うのを許してくれまして、1988年の5月にぼこっと3週間休んでエアインディアに搭乗。トランジットのバンコックで荷物のトラブルもあり、カルカッタには深夜に着陸しました。

 何でインドかと言いますと、当時のバックパッカーでよく言われていたのが「中国とインドを体験すれば、後は世界どこに行っても大丈夫」と言う話。当時の中国はまだ「サービス」の概念が無い、お客さんにとてもキビシイ土地だったのです。1986年の大学の夏休み、そして翌年の卒業旅行と中国に(安いので船で)行った私は、社会人になった自覚も育てないまま「次はインドじゃ〜!」と意気込んでいたのです。

 で、カルカッタ行きのチケットと、帰りのデリーから伊丹へのチケットを持って、気分はもうバックパッカー。

 しかし、深夜のカルカッタはさすがに恐かった。ひとりでは心細かったのですが、そこで話しかけてきたのが鴨志田くんでした。聞いてみるとタイからバングラディシュと渡り、さっきここに着いたばかり。旅の先輩とばかり、すがりついてしまいました。

 2人で空港からの脱出方法を捜していると、ふと日本人の団体が。創価学会の御一団の仏教史跡巡りツアーでありました。これ幸い。ちゃっかり2人ともチャーターバスに便乗。ありがとう創価学会さま!

 で、到着したのは安宿街のサダルストリート。何とかキャピタルゲストハウスの1室を確保して荷物を置く。と、さっき部屋まで案内してくれたボーイがドアをノック。開けるといきなり

「マリファナ?」

 私、昨日の夜まで残業してコンピュータの画面を睨みつつ図面を引きまくっていたんですが、その翌日がこのセリフです。そのあまりのギャップにおののいている間に、鴨志田くんは気軽に購入。しばらくするとぷかあ〜とフカし始め「どうです?」と。ひとりで吸うより、一緒にいる人と気分よくなった方が自分も気持ちいいのだとか。

 試してみましたが、まあ、お酒の席で緊張していると酔えないのと同様に、この時はほとんど効きませんでした。(以後、雲南省の大理、カトマンズなどありますが、これはまた別の機会に....)

 以後数日間カルカッタで一緒のお宿。昼間は別行動ですが、晩飯は料理とビールをガンガン頼みながら2人でウダ話。

 ふと彼が「岸上さん、敬語はいいですから」と。

 関東育ちの彼は自然とですます体で喋るのですが、私も「この人は旅の先輩」感覚があり、いつの間にか敬語調になっていたようで。彼は歳下だったので、私の敬語が居心地悪かったらしく。

 ホテルで彼の体験を、いろいろ聞きました。エセバックパッカーの私には、想像しがたい話がそこかしこ....。

 カーリーガートに一緒に行きました。頼みもしないのにガイドとしてつきまとうインド人がいて、彼が相手してましたが、最後の最後にお金を要求され、ボランティアじゃなかったと知った彼の怒ること。「オレはこう言うのが一番キライだ〜〜!!!」

 何日かして、私はルンビニに、彼は翌日にバラナシに行くことになりました。送別会と言う事で、出発直前までビールで宴会。呑みまくり。私の予約した列車の出発が1時間後に迫り、さすがにヤバくなりリクシャに乗り込む。彼も見送りで同行してくれました。サダルから駅までは結構あるのです。予定時刻に近づいてきました。「なあにインドの列車って1時間遅れることもざらですから大丈夫ですよ」と彼は言ってましたが、駅に着いたら丁度定刻通り列車が出発した直後。

 結局バラナシまで同行。2人で宿を取り、ガンジスで一緒に泳いだりして。その後、彼はバラナシに残り、私はカジュラホに旅行。

 以後、遭うことはなく。

 その後、サイバラさんとあの彼が結婚!?と言うのでビックラこきました。サイバラさんの本は出るたびに買って読んでいたのです。そしてテレビの特番で「手乗り鹿」の時に彼が出演。こうなるともう私は「(勝手に)有名芸能人とお友達」気分に浮かれてしまいました。多分彼は私なんか忘れていたと思いますが....。

 そして、いきなりの訃報にしばし呆然。昨日、その彼腎臓癌で永眠しました

 旅の縁。細く長く生きるのも、太く短く生きるのも、人生それぞれ。合掌。あの世で飲み過ぎるなよ。

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